製造業のDE&Iは現場から。NOKが40年ぶりにユニフォームを刷新した理由
Mashing Upの賛助会員である、NOK(エヌオーケー)株式会社は、1941年に日本初のオイルシールメーカーとして創業し、今年85周年を迎えた。自動車用オイルシールでは国内で圧倒的なシェアを誇り、日本のモノづくりを支えるだけでなく、アジアやヨーロッパにも拠点を持つグローバルカンパニーとして成長を続けている。
そのNOKが大幅なリブランディングに挑んでいる。2024年には国内外のグループ企業で統一したCI(コーポレートアイデンティティ)を刷新し、「Essential Core Manufacturing-社会に不可欠な中心領域を担うモノづくり」というタグラインを策定した。
そして2026年10月から統一されるのがユニフォームだ。ユニフォームのデザイン変更は、実に約40年ぶりとなる。グループ企業81社、従業員約37,000名(2026年3月末現在)のうち、多くを占めるのがモノづくりに従事する人たち。その現場の声を吸い上げ、2年の歳月を費やしてようやく完成した。
リブランディングの指揮を執る同社グループCCAO(Chief Corporate Affairs Officer)で女性初の執行役員を務める古川裕子(ふるかわ・ゆうこ)さんと、部署の垣根を越えて招集された「ユニフォームリニューアルプロジェクト」のメンバーに、新しいユニフォームに込めた思いを聞いた。
古川裕子さん NOK株式会社 上席執行役員 グループCCAO(Chief Corporate Affairs Officer)兼Corporate Affairsヘッド。MBA。大学卒業後、流通業、米国ディズニーワールドでの勤務経験を経て、ヘルスケア業界でコミュニケーション、ブランド等に携わる。2022年4月、同社に女性初の執行役員として入社。クリエイティブディレクターの佐藤可士和氏を起用したグループのCI策定や知覚品質の向上を企図したリブランディングをリード。
日本の製造業は、もっと評価されていい
日本におけるダイバーシティの先駆けとなった外資系企業やグローバル化を掲げる日本企業を経て、古川さんがNOKに参画したのは2022年のこと。当時、コミュニケーション強化など企業文化の変革を目指していたNOKが、その舵取り役として白羽の矢を立てたのが古川さんだった。
入社後、NOKグループの事業を把握するなかで言語化したのは、「製造業は、日本の足腰である」ということ。製造業は日本経済を支える重要な産業であるのに、製品の価格や会社の評価、株価には反映されにくいという現実をもどかしく思ったという。
「たとえばNOKが国内外で高いシェアを持つ自動車用オイルシールは、万が一不具合が生じると重大事故や火災につながる可能性のある『重要保安部品』に位置づけられています。そのため厳格な品質管理や製造基準を徹底し、精度の高い製品を安定的に大量供給しなければなりません。
そうした高い要求に、毎日コツコツと、丁寧に取り組むモノづくりの現場の姿に、心が震えました。NOKだけではなく、日本の製造業全体に言えることだと思います。どうにかして日本の製造業の価値を高めたい、世の中に周知したいと思いました」(古川さん)
そうして古川さんが着手したのは「知覚品質」向上のための取り組み。製品の品質がどれだけ優れていても、消費者に伝わらなければ意味がない。性能やスペックなどの「客観品質」(実際の品質)だけでなく、信頼感や雰囲気といった主観的な「知覚品質」(ブランドイメージ)を鍛えてこそ、両方が大きな円を描けるのではないか──。
そんな思いが、リブランディングの推進に拍車をかけた。CIの刷新同様、ユニフォームのリニューアルプロジェクトもその取り組みの一環だ。
DE&Iを体現するユニフォームを現場に届けたい
古川さんがまず試みたのは、グループ会社も含めた全社の変革に前向きなマインドセットの醸成だった。歴史ある老舗企業としてさまざまな改革はしてきたものの、JTC(Japanese Traditional Company)と揶揄されることもあった。その1つの例が、約40年前から変わらないユニフォームだ。
「まだDE&Iという言葉すらなかった時代の働き方を、このユニフォームが物語っていますよね。リニューアルにあたり、現場に埋もれた声を吸い上げ、エクイティとインクルージョンをユニフォームで体現したいと思いました」(古川さん)
NOKでは、リブランディングと同時に「タウンホールミーティング」を実施していた。「We hear you」をテーマに、約3年間で60回、古川さんはCEOをはじめとする経営層とともに115拠点をまわって約7,500名の従業員と対話するなかで、ユニフォームについて従業員の期待や要望の声を何度も聞いた。また、プロジェクトチームは、ユニフォームについて、4,300通のアンケートと社員170名の対面ヒアリングを実施した。
「『お金を使って刷新する必要があるのか』といった意見もありましたが、新しいユニフォームに対する好意的な期待の声が圧倒的に多く、励みになりました。さらに、女性の体型や多様な働き方にも配慮してほしいという具体的な要望も寄せられ、リニューアルプロジェクトを進めてよかったと思いました」(古川さん)
新しいユニフォームでは、男女別のデザインを見直し、性別・体型・年齢を問わず、すべての従業員が心地よく、自分らしく着こなせるフラットなユニセックスデザインとした。コーポレートカラーのネイビーを採用し、デザイン監修には新CIを手がけたクリエイティブディレクターの佐藤可士和氏を起用した。
新ユニフォームの開発にあたり、優先事項としたのは「着用者の安全を守ること」「製品品質に影響を与えないこと」「機能性・快適性を高めること」の3点。
そして、しゃがむ・腕を上げるといった多様な動きに寄り添う機能性と、洗いやすく、汚れやシワが目立たない、下着の色や線が響かないといった快適性を持ちながら、着ていてかっこいいと感じられる、グループの一体感を高めるデザインであることも重視した。
トップスの丈は長めにして、「しゃがんだときに突っ張らない」「かがんだときに背中が見えるのが困る」といった声にも応えた。またパンツはカーゴデザインを採用し、収納力と体型カバーを両立させた。ユニセックスデザインではあるが、小柄な女性やマタニティ向けのラインアップも用意されている。
生地の色、仕様の1つにも頭を悩ませた
各拠点と意見交換を繰り返し、ユニフォームリニューアルの実務を行ったのは、本社内に設置された「ユニフォームリニューアルプロジェクト」のメンバーたちだ。
それぞれがコミュニケーション部門や総務部のほか、国内外の子会社を統括する事業企画本部、仕入れや契約などに関わる調達本部と所属する部署は異なるが、その垣根を越えて招集された男女混合5名のメンバーで結成された。そこへグループを横断して各拠点からメンバーが集う「評議会」を組織し、プロジェクトをみんなが自分ごと化できる仕組みをつくった。
プロジェクトは現場の声を参考にしながら丁寧に進めたが、アンケートの回答やサンプル試着で、現場から寄せられる率直な言葉に、悩むことは一度や二度ではなかったという。
「現場の方々からしてみたら、変わるならよりよいものを、という気持ちがあったと思います。製造や研究の現場ならではのこだわりをお持ちの方も多く、その着地点を探るのが難しかったです」(事業企画本部 総務部 総務課 担当・齋藤さん)
もちろん、有意義な気づきも多く得られた。
「1980年代にデザインされた女性向けのユニフォームは、長時間同じ姿勢で作業をする検査員のような職種が前提でつくられていたと聞きました。今は女性の働き方も多様化し、職種も幅広いです。動きやすさはもちろん、『かかんだときに胸元が気になる』『下を向いたときに襟元にファンデーションがついてしまう』という声はデザインにも反映しています」(Corporate Affairs Supervisor・今里さん)
名札をつける位置、ポケットの有無、物が落ちないようにポケットにフラップをつけるかつけないか。1つの仕様を決めるのに、数カ月を要することもあった。現場によってつくる物が異なるだけでなく、厳格な管理体制のもとでは、微細なホコリでさえ製品の品質を左右しかねず、ペン1本の落下が製造の妨げとなる現場もあるからだ。
また、メンバーたちがデザイン面で特にこだわったのが、カラー選定だ。グループの一体感を高めるため、コーポレートカラーのネイビーにすることは早いうちに決まっていたが、数あるネイビーから一色を決めることに苦労したという。
「生地の端切れで見て『これがいい』と思っても、光の当たり具合で印象は変わるし、ユニフォームに縫製するとさらに違って見えるんです。そうして生地を染めるところからこだわり、何度も色の調整を繰り返しましたが、表現したい色にたどりつけたと思っています」(調達本部 SCM部 調達企画課 主事・諏訪本さん)
できあがったサンプルは45拠点を巡回させ、現場の反応を確かめながらブラッシュアップを重ねた。
「僕たちも何度も何度も試着しました。生地サンプルを体に巻きつけたり顔映りを見たり、サンプルを着ていろんな動きをしてみたり。スポーツパターン設計を取り入れたので従来のユニフォームよりも明らかに動きやすく、スペックも間違いなくアップしています」(事業企画本部 事業企画部 生産企画課 課長・遠藤さん)
一人ひとりの内なる意志の変化が、組織を変える
グループ企業のシナジーを統合するためのひとつの象徴として刷新されたユニフォームだが、古川さんが考える刷新の目的はそれだけではない。
「ユニフォームを通じて、働く人の一人ひとりを大切にする、それは創業時からの経営理念である「人間尊重経営」にもつながると考えました。ユニフォームをきっかけに従業員一人ひとりの意識が変わることで、組織も成長していけばよいな、と願っています。ひいてはこれこそが、先ほど申し上げた「知覚品質」の向上につながるのではないでしょうか」(古川さん)
ようやく新ユニフォームを現場に届けられることを心待ちにしているのは、プロジェクトのメンバーたちも同じ。
「このユニフォームを着ることで、社員の皆さんがさらに自分たちの仕事やモノづくりに誇りを持てるようになったらうれしいです。また、これまでのユニフォームでは組織や性別という枠のようなものを感じる場面もあったかもしれません。新しいユニフォームがそうした垣根を取り払い、一体感を高めるきっかけになると思います」(今里さん)
「私は6年ほど工場にいたので、このユニフォームを着た皆さんが現場で働く景色をリアルに想像しながら、プロジェクトを進めていました。NOKグループの工場はどこも整理整頓されていて、床もピカピカ。そこで皆さんの声を反映したユニフォームを着ていると思うだけで感慨深く、楽しみです。ぜひいろんな方に工場見学に来ていただき、NOKのモノづくりを支える人や現場の魅力を知っていただきたいです」(Corporate Affairs Manager・中西さん)
NOKの新ユニフォームは、10月より着用が開始される。
DE&Iを体現すべく、現場で働くすべての人の安全と働きやすさを最優先につくられた新ユニフォームだが、CIを反映したデザインとすることで、グループとしての一体感を高めることも目指している。
「製造業は、日本の足腰。日本経済を支える産業である製造業は、もっと評価されていい──」。そんな思いが突き動かしたユニフォームリニューアルプロジェクトは、NOKに、そして製造業全体にどんな風を吹かせるのか。
その成果に注目するとともに、次なる施策に期待するばかりだ。
(聞き手:Mashing Up 遠藤 祐子、文:大森りえ)


