データ活用でユーザーに新たな価値を提供
NOKは84年の歴史の中で、主力のオイルシールに関する材料や製品機能、構造設計、生産などの知見を蓄えてきた。そうした知識や技術などのデータをデジタル化して分析・活用することで、自社の効率化だけでなく、変化するユーザーニーズへ迅速に応えるよう、さまざまな取り組みを進めている。データ活用に欠かせないのが人工知能(AI)だ。資本・技術提携先の独フロイデンベルググループのデータサイエンス部門とも協力し各種効率化に挑んでいる。
活用広がるデータサイエンス
NOKは研究開発拠点である湘南R&Dセンター(神奈川県藤沢市)のデータサイエンス部隊を中心に、材料や生産など分野ごとのエキスパートと連携しながら各種のデジタル化を進めている。データサイエンスをけん引するグループR&Dシステム開発部情報技術開発課の水川大輔課長によると、データ分析は当初、生産計画や工程情報、生産データの主だったもので使われてきた。それが現在は設備の状況把握や材料研究の個別情報、電力量の管理など、すべてのフィールドでデータ収集しているという。熟練工の勘やこつといった暗黙知に頼っていた日々の調整業務や、研究開発での実験などが、データ分析により高速、自動的かつスマートに行われるようになっている。昨今話題となる生成AIについても、社内規定などの検索といった事務的なものや、設備の故障情報レポートの自動生成など、少しずつ活用の幅を広げている。
NOKはデジタル関連の技術の多くを自社で開発している。水川課長によると、外部の知見を取り入れながら、現場と調整、システム構築し、新たなシステムのアイデアを実現しているという。
画像解析にAI
水川課長は「AIは画像と親和性が高い」という。NOKも画像解析を生産現場に採り入れ、活用のシーンを広げようとしている。製品を自動で外観検査する画像検査機はすでに多数稼働し、製品品質の保証を強固にしている。
導入を目指す事例の一つが生産設備にあるアナログメーターをカメラで読み取りデータとして取り込むシステムだ。読み間違いなく、記録を自動でデータ化できる。自社開発のため「圧力や温度、湿度といった異なるメーターでも読み取れる上に、時間をかけずに新たな機器でも対応できる」(水川課長)という。将来は飛行ロボット(ドローン)にカメラを搭載し、機器を飛び回ってデータ取りする、といった人を介さない仕組みを構築したいという。
もう一つがカメラ画像で人がどんな作業をどのようにしているかを判別するシステム。骨格などの動きを検出し動きを分析する。NOKでは、生産性向上のため作業の要素分解やムダの抽出をしており、これまでは作業者に別の人が張り付いてデータを取っていた。これをカメラで自動化することで、人のようにあいまいな判断をすることなく的確に通常の作業を分析できる。さらには、普段の作業を見守ることで、危険な動きを検知したり、腰などを痛める姿勢を改善するよう注意したりできる。
そのほか生産現場では、手作業をロボットで代替し作業負担を低減する研究や、設備の段取り替えやメンテナンス時にカメラ画像で作業の漏れをチェックするシステムの研究が進んでいる。ロボットは仕掛品の搬送や成形機など機械への組み付けへの応用が期待される。ガスケット生産では熱を持った金型へ金属環を入れる作業があり、ロボットの導入で危険作業から人を遠ざけられるメリットがある。また、混練機械のシャフトの拭き取り作業は、拭き足りない部分があると製品の不良につながる。画像でのチェックなら人よりも厳格に判定できるという。
ドイツで学んだ技術を活用
NOKはフロイデンベルググループのデータサイエンスの知見を取り入れ、自社への適用を模索している。水川課長もフロイデンベルググループでR&Dを担うフロイデンベルグテクノロジーイノベーション(FTI)に2年間出向し、データサイエンスの技術を磨いてきた。
FTIでは大きく三つの分野でデータサイエンスを活用した研究開発に取り組む。AIを使い画像分析するデータアナリティクス(分析)、IoT(モノのインターネット)などが関連するシステムICT、そして、計算科学で材料を開発するマテリアルズインフォマティクス(MI)などを研究する素材の分析(モデリング)だ。MIでオングストローム(100億分の1メートル)レベルから、ナノ(ナノは1億分の1)、マイクロ(マイクロは100万分の1)、ミリと、それぞれのスケールで分子などを解析し、それらを統合して分析することで、材料開発などに生かしている。
NOKのR&D部門はFTIに技術者を派遣し交流を深めている。
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材料開発や作業の省力化に応用
NOKは材料に関する部分へのAI活用を進める考えだ。MIは大きなテーマで、現在はさまざまなデータを大規模言語データ(LLM)に取り込み、データベース化することで分析や活用ができるように整備を進めている。「実験や試作の削減によりスピーディーな開発が可能になることに加え、温度や圧力の条件など過去の実験でつぶし込んでいない要素を見付け出し、データ精度を高める」(水川課長)といった効果を見込む。また、サロゲートモデルという手法を使ったシミュレーションの精度向上にも取り組む。製品の構造や形状について、最適なものを予測し開発の無駄を省くことやより適格な製品提案に生かす。
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そのほか、自然言語処理技術により暗黙知をデータ化して設備の維持管理や故障予測などにつなげるというテーマもある。NOKはデータサイエンスの活用で人の負担削減や業務効率化など改善や最適化を進めるだけではない。水川課長は「データドリブン経営や知能情報技術の活用、さらにはAIエージェントやデジタルツインの導入など、あらゆる分野でAI技術を活用し革新が生まれる環境を提供していきたい」と壮大な構想を描いている。

水川 大輔
NOK株式会社 NOKグループR&D システム開発部 情報技術開発課 課長
大学院では機械工学を専攻。2001年にNOKに入社後は画像検査装置の開発や、製品のトレーサビリティーシステムの開発、画像を用いた新たなデバイスの開発を担当。2022年にドイツのFreudenberg Technology InnovationにData Science分野での技術協業基盤の確立のために出向。帰国後、2024年10月から情報技術開発課にてData ScienceやAI技術を用いた新たな価値創造のための研究開発を推進中。
記事内のデータ、所属・役職等は2024年12月現在です。