目に見えない流体膜の様子を解析し、「潤滑」の謎に迫る――トライボロジー
回転軸の油漏れを防ぐ「オイルシール」を支える潤滑の研究(後編)
NOKではトライボロジー現象の解明に努め、摩擦や摩耗、潤滑といった作用を適切にコントロールする研究に取り組んできた。そうした取り組みが、液体やガスを密封する機能を持ちながら、潤滑作用で回転軸やピストンなどの運動を妨げないオイルシールなどの製品開発に生かされている。後編では、NOKが取り組むトライボロジー研究のうち、潤滑の状態を観測し、より高度な仕組みの開発に向けた取り組みを紹介する。
前編のストライベック線図で示すように、潤滑された状態では,潤滑液体の粘度,物体の相対速度,かかっている圧力によって摩擦係数を表す方法が一般的である(図1)。オイルシールを例に説明すると、始動時には、軸とシールの2面間に非常に薄い膜が形成されている。直接接触する部分が支配的な、境界潤滑と呼ばれる状態である。そこから、回転数(2面間の相対速度)が上がると流体膜が形成されて混合潤滑、流体潤滑へと状態が変わっていく。混合潤滑の状態では、回転数の増大に伴い摩擦係数が下がっていき、流体膜で2面間が完全に分離されると、摩擦係数は最小になる。その後、さらに回転数が上がり、流体潤滑の状態に入ると、回転数の増大とともに摩擦係数も徐々に上がっていく。
実際に軸が回転している際のオイルシールのしゅう動部では、ポンプ作用によって油が内側(油槽側)に引き込まれ、油膜ができる。実はこの時、しゅう動部内の場所によって油膜の厚さが異なった状態になることが分かっている。油槽側は厚い油膜を持った流体潤滑状態であるが、外側(大気側)に近づくほど油膜が薄くなり、混合潤滑のような状態になる(図2)。NOKでは、これを数式で表して計算するための研究も行っている。
とはいえ、その研究は簡単ではない。「この分野は解明されていない事象が非常に多く、そもそも潤滑作用自体がまだ完全に解明されていない」(技術研究部トライボロジー研究課の堀内貴生氏)。そうした中でNOKは、「様々な方法でオイルシールの潤滑状態を可視化する装置を開発している」(同氏)。
「実際に起こっている様子を明らかに」、潤滑の状態を可視化するあの手この手
1960年代からの潤滑の研究は常に、しゅう動面の様子など、普通では人の目には見えない領域を可視化する研究とともにあった。光弾性法による応力分布測定、接触面の観察、レーザー誘起蛍光法、光干渉法など、アプローチは様々だ。
ここで、最近の可視化への取り組みを2つ紹介しよう。ゴムの境界潤滑特性とグリースによる潤滑の可視化である。
■ゴムの境界潤滑特性の研究
金属と違って、ゴムは外部からの力を受けた場合の変形量が大きく、力がなくなると形状を復元する力を持っている。化学構造の面でも通常用いられる潤滑油に近いことから、素材の親和性を考慮する必要がある。このため、金属に比べてゴムは境界潤滑の作用も未解明の内容が非常に多い。「それを解明して原理を理解することが、オイルシールの性能向上の重要なきっかけになる」(堀内氏)。
そこでNOKが開発したのが、摩擦の測定としゅう動面の可視化を同時に行うピンオンディスク可視化試験装置(図3、4)。ゴムのしゅう動面における接触がどのような状態になっているのかを観察する装置である。ピン状にしたゴムをガラスディスクに接触させ、ガラスを回転させて摩擦を生み出してゴムの変化を観察する。
ゴムは金属に比べて、構成する分子の隙間が大きな材料なため、その隙間に油が吸い込まれる、つまりゴムが油を吸収するような作用が発生する。そうなると、ゴムが接しているしゅう動面に潤滑剤が保持されやすくなる。可視化することで、その状態変化を解明しようとしているわけだ。
■グリースの潤滑の研究
動かすと粘度が下がっていく特性を持つ半固体状のグリースによる潤滑も、まだ未解明なところが多い。例えば、半固体のバターは静止状態では形を保っているが、少し力を加えて動かすと形が崩れてしまう。この状態では流体とは言えないが、バターを非常に薄く塗る、もしくは速くこすると、より油のような挙動に近づいていく。
グリースは油に増ちょう剤と呼ばれる物質を含ませることで、半固体状の特性を持たせた流体である。シールとグリースを組み合わせた時には、グリースに入っている増ちょう剤のしゅう動面での挙動が潤滑状態を把握する鍵になる。そこでNOKでは、蛍光法という方法を用いて油膜と増ちょう剤の2つを分けて観察する研究を進めている。蛍光法は、紫外線を当てると別の色で蛍光する特性を持った物質を使って物質の量、変化を捉える方法。グリースに蛍光物質を混合し、しゅう動中に紫外線を当てて蛍光を見る。こうすることで、しゅう動中にグリースの膜が全体的にどのように変化し、その中で増ちょう剤がしゅう動面にどのように分布しているのかを観察する。また、通常の金属軸を中空のガラス軸に変更することにより、軸の内側からしゅう動中のオイルシールの膜厚分布、増ちょう剤分布を観察する(図5、6)。
良好な潤滑状態を維持したい、それなら潤滑剤が減らない仕組みを作れないか
NOKでは、低摩擦化に向けて、これまでとは異なる発想に基づく仕組みでの潤滑の研究開発も進めている。その一つが「濃厚ポリマーブラシ(CPB)」。もう一つが自ら潤滑する作用を持った「自己潤滑ゴム」である。
CPBは、金属やシリコンの材料の表面に分子鎖を微細なブラシのように密度を上げて生やしたもの。歯ブラシに水をかけると、ブラシの間に水を保持するのと同様の効果を利用している。金属などの表面をCPBで覆い、潤滑剤を存在させて流体潤滑の状態を保持しようという取り組みである。自己潤滑ゴムは、ゴムの配合を工夫して、分子レベルで界面を制御しようという試みだ。
このようにトライボロジーの研究は、摩擦、潤滑という事象そのものの解明や可視化手法の開発から、望ましい潤滑状態を効率的に維持するような、潤滑を意図的に制御する仕組みづくりにまで広がっている。摩擦の「制覇」に向けたNOKの挑戦はまだまだ続く。