トラブルを未然に防ぐものづくりへ、“劣化メカニズム”解明との闘い
自動車、家電製品、情報通信機器、空調、自動販売機、工場に設置された製造装置……。私たちの身の回りにあるさまざまな機械には故障が付き物である。もちろん日常茶飯事というほどの頻度ではないが、誰でも、何らかの機械故障による事故やトラブルを経験したり身近なところで見聞きしたりしたことはあるだろう。
そうした機械トラブルの原因の多くは、機械を構成する部品にある。時には、ごく小さな部品の、私たちの目では識別できないほどのわずかなズレや亀裂が原因となって機械が正常に動作しなくなり、人命をあやうくする事故に発展することさえある。
不具合や、それによって引き起こされた事故の原因究明と、そうした事態を招かない設計のために重要なのは、部品や材料の劣化メカニズムを知っておくこと。そこで以下では、NOKが長年重ねてきた研究成果をベースに、ゴムの劣化メカニズムについて解説する。外からの力に応じて伸びたり縮んだりし、外力を除くと元の形に戻るという特性を持つゴムは、用途の幅が広く、見えないところで機器の動作を支える重要なパーツに使われるケースが多い。
劣化メカニズムの理解が事故を防ぐ
ゴムをはじめとする素材や部品を適切に使い、利用環境を適切に保つことの重要性は、過去の事故からうかがえる。そうした事故の一例として、1986年1月28日に米国で起こったスペースシャトル「チャレンジャー号」の空中爆発が挙げられる。もっと身近な例では、2005年前後に国内で発生した、石油ファンヒーターの動作不良による一酸化炭素中毒事故がある。使われている部分やトラブルの経緯は違うものの、どちらもゴム材料を使った部品に起因していたと報告されている。
ゴムはさまざまな要因によって劣化する。力が繰り返し加わって破断したり、摩耗によってすり減ったりと外観の変化が見られる場合もあれば、本来の硬さや柔らかさを保てなくなる場合や、元の形に戻ろうとする弾性力が低下する場合などもある。表1は、NOKが進めているゴムの劣化に関する研究テーマの一部だ。
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ここでは一例として、自動車などで使われているシール製品のゴム材料に関する劣化のメカニズムを取り上げる。NOKでは自動車用製品として、エンジンやギヤードモータなどで回転軸部からの油漏れや外部からのほこりの侵入を防止するオイルシールや、燃料電池で水素ガスの漏れを防ぐガスケットなどにゴム材料を使用している(図1)。
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ゴムが劣化する要因は、いくつかのパターンに分類できる(図2)。熱が加わることや酸素と反応することで変質する「熱酸化劣化」、圧力が繰り返し加わり続けることで変質する「疲労劣化」、そして、オゾンや塩素水、油・燃料といった部品の周囲にある化学物質の影響で変質する劣化である。これらの劣化現象は物理的な変化と何らかの物質との化学反応による化学的変化を含め要因が複合的なことが多い。
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まず、熱酸化劣化の代表である、変形したまま戻らなくなる圧縮永久歪による「応力緩和」のメカニズムについて見ていこう。
弾性体と粘性体の性質を併せ持つゴムに生じる応力緩和
物体は外から力(外力)がかかると、内部にはそれに応じる力(内力)が発生する。このように、物体の内部に生じる力の大きさを示す物理量が応力になる。例えば、バネは加えた力に応じて変形するが、力を取り去ると元の形に戻る。このような性質を持つ物質は「弾性体」と呼ばれる。一方、流体のように、力を加えると力に抵抗するが、力を取り去っても元の形には戻らない物質は「粘性体」と呼ばれる。ゴムは、この弾性体と粘性体の両方の性質を持つ、固体のように見えて液体に近い「粘弾性体」と呼ばれる物質だ(図3)。
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伸びたり縮んだりというゴムの特徴的な性質は、ミクロな構造に起因している。具体的には、無数の分子が動き回っている液体と同じように、ゴムも動き回る無数の分子からできている。液体と違うのは、鎖状の高分子が複雑に絡み合って、さらにその高分子同士が所々で橋架け状につながっている点だ。「架橋構造」と呼ぶもので、この架橋があることで、高分子同士が互いに動きを制限し、離れないようになっている(図4)。外力に応じて自在に形を変えながらも、高分子がそれぞれのつながりを保ち、外力がなくなれば元の形に戻る。架橋の数が多くなるほど、高分子同士の動きの制限が強まり、変形しづらくなる。逆に架橋の数が少なければ外力を受けると元の形に戻りにくくなる。
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これを毛糸の絡まりに例えてみると、複雑に絡まり合った毛糸の塊を左右から引っ張ってもなかなかほどけず、元に戻ろうとする。だが、間をハサミで切断すると次第にほどけていく。これと同じで、ゴムも架橋、つまり高分子のつながりがほどけていくと、徐々に応力が弱まり、ゴムの物性が低下していく(図5)。
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ゴムは、応力が低下しても見た目は大きく変わらない。多くの場合、外観は変わっていないように見えて、内部で徐々に架橋構造が変化していく。
身近な道具から、応力が低下しても見た目が変わらない例を挙げよう。テニスやバドミントンで使うラケットのガットを想像してもらいたい。プレーをしてボールやシャトルを打っていくと、外力が加わって徐々にテンション(引張力)が緩んでくる。ただ、プレーをしない時でもしばらく置いておくと自然にテンションは緩んでくる。見た目が変わっていなくても実際に使ってみると、ボールが当たった時の応力が大きく低下していることが分かる(図6)。
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応力緩和の原因はいろいろある。通常の使用による経年劣化で絡み合いがほどけていくこともあれば、温度変化や圧力によって架橋が切断されることもある。酸素やオゾンなどの物質との化学的な反応によることも多い。これらのメカニズムと利用環境を考え合わせ、ゴムの劣化を事前に予測できれば、劣化しにくい材料や製品を設計できる。運用時にも、化学分析によりゴムの状態を把握すれば、故障や事故を避けやすくなる。こうした劣化の状況を、どのように調べていくのか。後編では、応力緩和につながるゴムの構造変化を調べる方法について紹介する。